March 22, 2005

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多摩の朝焼け



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いよいよ一区切りの3年目 上級の講習

 上級からは、健聴者が講師である。聞こえない方は、助手としてお手伝いしてくれる。手話表現の見本やスピーチなど、助手の方はもちろん、その他にもたくさん聞こえない方が来てくださった。
 上級は、通訳者の入門という位置づけ。日常会話ができればいいとか、そういうことではなさそう。なんと言っても通訳だからね。要約筆記の講習を受けたこともあり、この1年は「通訳」という仕事について学ぶ機会が多かった。
 上級が始まってすぐに「読取りができなければ通じる表現はできない」と言われた。当初は「なぜ?」と思っていたが、学習していく中で言われていることがよく分かった。
 手話講習会だから、手話の技術を学ぶのはもちろんだが、上級では、聞こえない人を取り巻くいろいろな問題について学ぶ機会が多かった。障害者の問題、人権、研究発表、ろう者の文化について話を聞くこともできた。「ろう者について、理解を深める」と、言葉で言うのは簡単だが、交流はもちろん、いろいろな機会を利用して勉強していかなきゃなぁ。本もあまり読まなかったし…。
 読取りも表現もまだまだで、上級修了なんて胸張って言えない。講師の先生は、出した手話がろう者に通じてないとき、ろう者の出しているサインが分かるようになっただけで上級修了だといってくれたが、本当にそれでいいのかなぁ・・・。
 とりあえず、手話の勉強はまだまだ続くわけで、到達できるかどうかわかないけども手話通訳者にも挑戦したい。まずは養成講座の審査に合格することが当面の目標だな。
 

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March 20, 2005

手話も2年目 中級の講習会

 中級では手話の難しさを知った。それは同時に、手話の奥深さを知るきっかけともなった。
 手話は見て分かる言葉といわれる。そのことを実感することがよくあった。一番印象的だったのは、講演に来てくれたろう者の手話。講演後のランチの席で、結婚という手話を見せてくれた。本に載っているのは、親指と反対側の手の小指をくっつける。でも、その人が表したのは、(友人のことらしいが)小指で親指を引っかけて引っ張って来るという手話だった。女性が男性を引っ張ってきて結婚したという様子がよく表されていた。
 でもこれが読取りとなるとまた別なんだな。いや、本当は別であってはいけないんだが…。講習中、読取りはビデオを使って練習した。けれども、どうしても単語を追ってしまって、イメージを作るということができない。そんな状況は1年間続いてしまった。
 表現でも、頭の中にイメージを作り、それを表せばいいと言われた。言葉で言われてることは分かるのだが、それを体現することは難しい。どうしても文章や言葉に引きずられて、絵を表現することができない。自分ではやっているつもりなのだが、聞こえない方たちには通じていなかったようだ。
 単語を覚えることで上達したような気持ちになって、楽しく勉強できた初級の時と違って、中級は乗り越えなければならない壁が高かったように思う。でも、その壁が見えてきたことが、今考えてみると成長なのかもしれない。
 中級の講習そのものではないが、この年から手話サークルにも入り、聞こえない方々との交流はとても広まった。サークル活動中、活動後のランチ、聴協の行事への参加といろいろなところで聞こえない方たちと会い、「がんばれ」と励まされた。
 今でも無謀だったかなと思うのは、聴協の社会見学に参加したことだ。初級が修了したばかりだというのに、聞こえない方々とほぼ丸1日過ごす。とりあえず、「すみません、もう一度お願いします」という手話だけはできるようにして参加した。チャレンジャーだったなぁ、オレ。
 最初のうち、サークルのある日はランチまで手話を見続けると、ぐったり疲れたものだが、秘技、ボーッと見るを覚えてからは、そんなにつらくはなくなった。
 そうして、聞こえない人たちと街中でばったり会って話すことも増えた。だんだんと聞こえない人との交流が増えていく中で、なぜ「がんばれ」と言われるのか、徐々に分かってきた。学習が大変だった中で、上級に向けてがんばろうという気持ちが生まれてきたのも、そういう聞こえない人たちとの付き合いの中でだった。

23:53:00 | cetus | | TrackBacks

アップしそこね

今日の2枚のうちの1枚です。



11:05:00 | cetus | | TrackBacks

今日の2枚

落合3丁目に咲いていた沈丁花




11:04:01 | cetus | | TrackBacks